フープフラフープ

はらの趣味です

そうしなきゃ駄目な時が来る

 

 

 

今の職場を辞めたいとずっと思っている。

生活を作るという意味で仕事によって生かされているなとも思っているから働くということがわたしにとって大切なことだっていうのもわかってはいるのだけれど、2年とちょっと前に今の職場になってから夜ちゃんと眠れなくなり胃が痛くなり髪の毛の状態が最悪になったのでわたしにとってここはすごくよくない場所なんだと思う。

 

 

職場の偉い人と面談があった。

泣くのを我慢しながら、失礼にあたらないよう注意を払って、すごく勇気を出して今が辛いことを伝えて、どういったことを辛く感じるのかも頑張って説明したつもりだった。

解決は求めていなかったので解決策が提示されないのは別によかった。でも面談の最後に「元気そうでよかった、大丈夫そうだね」と言われて、びっくりして「はい」としか言えなかった。気持ちを伝えて理解を得るということのあまりの難しさにマスクの下でちょっと笑ってしまった。

普段猫背で死ぬほど元気がないのに、相手が偉い人だから緊張して背筋が伸びてバカみたいにハキハキにこやかに喋ったのもよくなかったのかもしれない。でも偉い人と脱力して喋るのはわたしにはちょっと無理なことだったよ。

合わないので来年辞めますって、それだけスパッと言えるような人間だったら良かったのに。

 

 

今日からフジロックが始まったみたい。配信がやってるんだって。

去年の夏、前の家の台所で椅子に座ってフジロックをみながら煙草をげほげほぷかぷか吸っていたことを思い出す。水色革命が流れていた。

支えてくれた友達からたくさんのものを貰ったはずなのに、あれから一年が経ったとは思えないくらい、結局わたしは何も変わっていない気がする。

いろんなことが懐かしくなって、好きな曲を流しながら台所で久しぶりに煙草を吸った。こうやってたまに過去をなぞりたくなる。いろんなことを思い出す。そういう懐かしさといっしょに、吸い殻を缶の入れ物に押し込む。またこのフタを開けるまで、今日みたいな日を思い出すことはないんだろうな。

 

 

2ヶ月ぶりにギターを弾いた。

力も入らないし指も痛いしで全然弾けなくなっていたけれど、拙いながらも弾き語りをすると曲の違う面が見えてきてやっぱりとても楽しい。

何曲かだらだら弾いてたら、この曲のギターはこんなにかっこよかったんだなぁと初めて気づいた曲があって、なんとなくApple Musicで歌詞を読みながら聴いていたら涙が出てきてしまって、わけがわからないまま泣いた。そのことを残さなきゃと思って、ほんとはもう寝なきゃいけないのにざざっとブログを書いている。

 

 

後ろで鳴っているギターがすごくかっこよくて、2番のAメロのアルペジオが好きです。弾けるようになりたい。

 

歌詞を読んで泣きながら聴いた曲は大切な曲になる。もう既に好きな曲ではあったけど、もっと大切になって大好きになった。

まじで色々無理になってたけど、明日も仕事を頑張りたい。頑張らないといけない。

頑張りましょう。

 

 

 

黄色い花を飾ろうよ

 

 

 

最近ちょっと生活ができるようになって自炊もし始めたのに、まただめになってしまった。寝たら明日になって仕事に行かなくちゃいけなくなるのが嫌で無駄に夜更かしをして、翌日眠くてしんどいみたいな毎日を繰り返している。その反動で、日曜日はだいたい寝て終わる。

いろんな嫌なことがあって、そこに将来への不安と無力感が合わさって、わたしは一体何がしたいんだろうという虚無感に襲われることが定期的にある。

 

映画を観るのは楽しい。けど楽しくないこともあるし、何も感じないこともある。感想をfilmarksに書いて、たまにラジオで話す。こうして、わたしが映画を観た、という記録が残る。記録だけが残る。

 

繰り返す日々でできたつまらない人生の中に、強みとか特徴とか、何かそういうのが少しでもなくちゃいけない気がして、追われるようにコンテンツを追う。楽しむための手段だったはずのものが消費という目的になってしまっている。費やして消えるってなんて悲しい言葉なんだろう。

 

 

今日はBUMP OF CHICKENの3年ぶりのライブに行く。母が熱心なファンなので、バンプがライブをすれば毎回必ずチケットを取って誘ってくれる。非常にありがたいのだけれど、自分の根底を形成した音楽を久しぶりに目の当たりにして心が揺れているところを母親に見られるのは恥ずかしくて居心地が悪くもある。

バンプに限らず最近行ったライブではだいたい泣いているので、わたしは今日も泣いてしまうのだろう。

 

わたしがバンプを聴き始めたのは涙のふるさとのエアーズのCMをやっていた頃で、わたしの中のBUMP OF CHICKENは今もあの頃のBUMP OF CHICKENだ。なんとなくCOSMONAUT以降とそれより前に境目があって、それがいいとか悪いとかではなく、わたしの中ではそうなっている。たぶん、その頃から部屋で泣きながら歌詞カードを読んで音楽を聴くということをしなくなったからだと思う。

高校生になったわたしは軽音部に入って、音楽に救いではなく楽しさを求めるようになった。部活のライブで楽しめるように、知らない曲がないように、音楽を「予習」するようになった。その結果好きなものの幅が広がったし、高校生のときに好きだった音楽は間違いなく今のわたしを形成しているけど、自分の「好き」に「消費」の側面がうまれたのはあの頃からだったんじゃないかと思う。

 

電車の中で、ライブに向けて新しい曲を聴いている。天秤が掲げた方を捨てるしかなかった藤原基央が「正しさは変わりゆくし、自分がそれに当てはまらなくてもいい」ってかんじの歌詞を書いている。そりゃ、取るもんな、歳。歳取ったらいろんなことがあるよね。たくさん経験してたくさん考えて、いろんな許しを得ていろんなものを許したんだろうな。

 

最近のBUMP OF CHICKENの曲たちに感じていることと一年前にシンエヴァに感じたことの性質はたぶん同じもので、思春期の自分に寄り添ってくれた存在がわたしを置いて先に行ってしまったような感覚なのだと思う。

昨年わたしは、orbital periodを出したBUMP OF CHICKENと同じ年齢になった。いろいろ思うところがあって改めてバンプの曲を聴くようになって、中学生のわたしには意味が理解できなくて好きじゃなかった曲を好きになったり、歌詞に思うことが変わっていたりして、自分も少しずつ変わっていってるのだと感じた。

新しく変わっていくひとやものを、無理に好きになろうとしたり受け入れようとしたりしなくていい。バンプエヴァに置いて行かれたのではなく、ただちょっと先で待っていてくれていただけだと思うから。これからもゆっくり後ろを歩いていけばいい。

わたしがもっと大人になって今聴いているこの曲の違った表情に気づくことができる日を楽しみにしているし、こうやって小さな生きる意味を少しずつ重ねていけたらいいな。

 

 

そして今、ライブが終わって電車でブログの続きを書いている。

25周年記念ライブなので、バンプの誕生から今までのアルバムをめくっているようなライブだった。隣の女の子がずっと号泣する横で、わたしもまぁまぁずっと泣いていた。

すごくすごく考え抜かれたセットリストだったと思う。俺たち4人でBUMP OF CHICKENなんだという意思を感じた。

誰かとライブの話がしたくて仕方がない。

 

これはネタバレにならないと思うので書いちゃうけど、藤原基央の「健やか穏やかにするといい」という言葉が非常に良かったので、帰ったら健やか穏やかにしようと思う。

 

健やか穏やかに。良い言葉だ。

 

 

 

 

今は仕事の話しないで

 

 

ネクライトーキーのワンマン「ゴーゴートーキーズ!2022 野外音楽堂編」に行ってきた。

数年ぶりの日比谷野音は快晴のライブ日和で、座席一個開けで非常に快適だった。野音のライブは屋外フェスのトリを見てるような気持ちになれて、それだけでもすごく楽しい。

 

ネクライトーキーとは、社会人として生まれてからずっと一緒に育ってきた。

右も左もわからない社会人一年目、入職してすぐにYouTubeの広告から「オシャレ大作戦」のMVに飛んで、一耳惚れして公式サイトから「オシャレ大作戦」のシングルと「タイフー!」のデータを購入した。iPhoneに入れて聴くようになって、最もキツい部署を5ヶ月間ローテートしていた時には毎朝ネクライトーキーを聴きながら準備をして、仕事に慣れてきた頃ファーストアルバムの「ONE!」がリリースされた。リリースツアーの千秋楽で初めてネクライトーキーのライブに行って、まだ荒削りだったけれど売れ始めで一生懸命な彼らの音楽を聴いて、「生きるの辛いけど、次のライブを楽しみにすれば頑張れるな」って思えて、そこからネクライトーキーのツアーは人生の休憩地点みたいになっている。

最初は音も安定せずそんなに上手じゃなかったもっさの歌がライブに行く度にどんどん上手になっていって、バンドとしての一体感や曲の完成度がどんどん高まって、メジャーデビューして、フェスにも出るようになって、タイアップもやって、ライブ中の「いつものやつ」も増えてきて、「許せ!服部」が毎回バージョンアップして。こんなに色々なところが成長しているのに唯一全く成長しないグダグダなもっさのMCも、すごく愛おしい。ずっとわたしと一緒にあった音楽だから、もう好きとか嫌いとかそういうところじゃなくなってきている。

 

有名になってからは歌詞の内容がちょっとだけ変わって少し寂しくもあった。それでも有名になったことで音楽好きの人に名前を出しても「誰?」って言われなくなって、人とネクライトーキーの話ができるようになったのがすごく嬉しい。ライブに一緒に行く友達までできて、恵まれすぎているなと思う。

 

そんなネクライトーキーのわたしにとっては4ヶ月ぶりのライブ。

入場SEを聴いていたらそれだけで嬉しくて泣きそうになって、そんなこと今までなかったから、「よっぽど今の生活が嫌なんだな」って改めて思った。久しぶりに生きてる感じがした。

今日のライブがなかったら、気づかないうちに死んじゃってたかもしれない。ライフポイントが回復できてよかった。もっさが「毎日忙しいのにライブに来てくれてありがとう」って言ってて、「ほんとに毎日忙しいよなぁ」って思ったし、「あなたたちのお陰で生きてるよ」って思った。ありがとう。

 

欲を言うと初期曲をもっとやって欲しいなぁなんて思うんだけど、新しい曲が増えていくのは当たり前で喜ばしいことでもあるし、だからこそ一回一回のライブを大切にできるんだよね。

タイムマシンがあるなら、「ONE!」のリリースツアーにまた行きたいな。やっぱり初めて聴いたフルアルバムが一番好きだし一番思い入れがある。またライブで「ゆうな」が聴きたい。

 

明日は朝6時っていう鬼みたいな時間に出勤なので、本当は余韻に浸って音楽を聴きたいのに、家に着いたら速攻寝なくちゃいけない。

どんなに週末が楽しくたってやっぱり仕事は辛いけれど、通勤の車でネクライトーキーを聴きながらまた頑張ろうね。

 

このブログ読んでくれた人、良かったら「ONE!」聴いてみてね。

 

 

 

 

人身事故で君に会えない

 

人身事故で電車が1時間以上来ず、明日仕事なのに0:30現在わたしは未だに遠くの駅にいる。

 

今日はネクライトーキーの対バンツアー「オーキートーキー!vol.4」ファイナルだった。ゲストはフジファブリックで全席指定だったのだが、なんとびっくり最前列中央が当選してしまった。最高。

 

フジファブリックは、確実にわたしの音楽観に影響を与えたバンドだ。高校時代、軽音部でコピーバンドに誘われて聴くようになり、フジファブリック、FAB FOX、TEENAGER、CHRONICLEの4枚をTSUTAYAで借りてCD-ROMにコピーして、すぐにハマって文字通りCDが擦り切れるほど聴いた。桜の季節、TAIFU、陽炎、サボテンレコード、Sunny Morning、銀河、マリアとアマゾネス、虹、若者のすべて、TEENAGER、バウムクーヘンをバンドでコピーした気がする。けっこうしてるな。

 

わたしがフジファブリックを聴くようになったのは志村正彦が亡くなったすぐ後で、当然その歌声を生で聴くことはできなかった。あと一年早く好きになっていたらと何度後悔したことか。わたしは志村正彦を、小さい画面の中でしか知らない。

 

先月、ドラフトコントという番組を観た。

芸人5人が集められた芸人たちの中からそれぞれ4人ずつドラフト選考してそのメンバーでコントをするという番組で、一夜限りのメンバーで行うコントがとても面白かった。

その番組のBGMで何曲か邦ロックが使われていて、その中でも繰り返し使われていたのがフジファブリックの「Sugar!!」だった。

それを聴いて、ふいに「人は死ぬから、会わなきゃいけない」と強く思ったのを覚えている。大切なあなたが明日も生きている保証なんてどこにもないのだ。

 

かつて当たり前のように行けていたライブも、コロナ禍でそのほとんどが中止になった。今でこそワクチンの普及もあり少しずつライブやフェスが解禁になってきているが、またいつ中止せざるを得ない状況になるかなんて誰にも予測できない。

ウイルスの影響だけではない。来年は仕事の都合で田舎に引っ越すので、東京へのアクセスが格段に悪くなる。仕事が忙しくなりライブに行く余裕もなくなるかもしれない。

 

今この瞬間、大好きなバンドの音楽を生で体感できることが奇跡なのだ。だからこそ会えるうちに会いたいバンドには会いにいかなきゃいけないし、会いたい人にも会いにいかなきゃいけない。

 

志村正彦の死という音楽を続けられなくなってもおかしくない状況で、それでもフジファブリックを続けようと決意してくれた。そして志村正彦の音楽を残し、新しいフジファブリックの曲を生み出してくれているメンバーには本当に感謝してもしきれない。だからわたしは、彼らに会いにいかなきゃいけなかった。

 

ネクライトーキーは、フジファブリックに大きく影響を受けたバンドである。1番初めに作った曲「タイフー!」は、曲名からわかる通りフジファブリックの「TAIFU」のオマージュ作品だ。TAIFUに限らずフジファブリックのいろいろな曲を彷彿とさせる要素が散りばめられているし、MVを観れば完全にオマージュであることがわかる。

大好きなネクライトーキーと大好きなフジファブリックの対バンで、しかもそれを目の前で体感できたなんて、こんな奇跡の中の奇跡に立ち会えた夜は一生忘れてはいけないし、一生大切にしなくちゃいけない。

フジファブリックの演奏するTAIFUも、ネクライトーキーの演奏するタイフー!も、サプライズでネクライトーキーがカバーしたTAIFUも本当に本当に最高だった。

 

バンドはいつか解散するし、人はいつか死ぬ。

だからわたしたちは、会いたい気持ちを後回しにしてはいけないのだ。

会いたいあなたに会える夜を楽しみに、明日も頑張って仕事しようね。

 

1:20現在、電車は未だに最寄りには着かないけれど、ブログを書き終えたのでよしとしましょう。おやすみ。

 

 

暇な方は、昔書いたネクライトーキーアルバムレビューをどうぞ。

ネクライトーキー「ONE!」全曲レビュー|はら|note

 

あのこはポップソングに夢中

 

今日起きた伏線回収の話を今すぐ誰かにしたくてこれを書いている。

めちゃくちゃ趣味の話。誰も読んでくれなくても、わたしが書きたくて書いてる。

 

今日はPEOPLE 1というバンドの東名阪ツアー「ベッドルーム大衆音楽」の追加公演に行ってきた。

PEOPLE 1にとって初めてのツアー、通算5回目のライブで、わたしは4回目の東京公演にも参加したので2ヶ月ぶり2回目のPEOPLE 1となる。

 

彼らはわたしにとっては生きる原動力になる大切なバンドで、仕事が最悪に上手くいかなかった時期は繰り返し「常夜燈」を聴いてなんとか辞めずにやれたし、仕事行くの辞めて電車に乗って世界の果てまで行っちまおうかと思う朝はEP「大衆音楽」や「GANG AGE」を流して不埒な願望を振り払った。散々悩みながら「113号室」や「ラヴ・ソング」を聴いて当時の恋人との別れを決意したこともあった。

その後も多くの素晴らしい曲がリリースされ、その度に好きな曲が増えていった。最近のお気に入りは、「怪獣」と「エッジワース・カイパーベルト」。よかったらYouTubeやサブスクで聴いてみてね。

 

人生で初めてのライブは郡山ヒップショットジャパンでのBUMP OF CHICKENの「ホームシック衛生」ツアーだった。

当時中学生のわたしにとってバンプは神様みたいなものだったので、まさに宗教信者が本物の神にまみえる時のようにばくばくに緊張し、ご本人達が現れてからはほぼ常にでろでろ涙を流していた。当時の光景と自分の涙の量は、今でも思い出せるくらい強烈に覚えている。

 

PEOPLE 1のライブに初めて行った時もその時のような緊張があった。流石にいい大人なので最初から最後までずっとは泣いていなかったけれど、あの頃のわたしを助けてくれた曲たちがそれを作ったひとたちによって目の前で演奏される光景を見て涙が流れないわけがなかった。*1

 

今日のライブは2回目で緊張はなかったけど、一番思い入れのある「常夜燈」ではやっぱり涙がこぼれたし、他の思い出の曲でも何度か目が潤んだ。この歳になっても目の前の音楽に感動することのできる自分に少し安心した。

 

MCもすごく良かった。「113号室」はボーカルのDeuさんが初期EP三作を製作した部屋で、引っ越しでそこを離れるにあたって「思い出を曲にして閉じ込めた。いつでも思い出せるように。」だそうだ。

部屋ってひとによっては(少なくともわたしは)人生の多くを過ごす場所だし、知らないうちに思い出がたくさん蓄積していく場所だと思う。引っ越しのために物を片付けると思いもよらない思い出が転がり落ちてきて、嬉しくなったり寂しくなったりしながら段ボールに仕舞っていく。その部屋で過ごしたふとした時間は、引っ越し準備が進むとともにゆっくりゆっくり消えていく。知らないうちに蓄積した思い出は、知らないままでずっと隣にいてほしかった。だからわたしは引っ越しが苦手だ。自分の引っ越しも友人の引っ越しも、空っぽになったかつて「部屋」だったものが苦手だ。

それでも彼は、「皆さんの過去を愛してあげてください。」と言った。思い出は曲にして閉じ込めることができるのだと言った。きっとそれは必ずしも音楽である必要はなくて、わたしの場合は映画もその手段になるのだろうと思った。この部屋で、あの部屋で観た映画には、思い出がたくさん閉じ込められているのだと信じている。

 

だいぶ本題から逸れてしまった。伏線の話だったそうだった。

これは、ライブ前のわたしのツイート。

「わーつ」はWurtSというミュージシャンのことで、PEOPLE 1のボーカルItoさんとコラボしたリトルダンサーという曲を出している。

そんなWurtSの「サンタガール*2という楽曲が、ライブ前に会場で流れていたのだ。

 

そしてライブ中盤、消える113号室のネオン。

このネオンはここがPEOPLE 1のライブであることを示すネオンであり、東名阪ライブではダブルアンコールでWurtSコラボのリトルダンサーを演る際にネオンを消す演出があった。

それが今回も消えた、ということは。

 

なんてところまでの思考には至らず「??」となっていたら、突然流れるリトルダンサーのインスト、突然現れるWurtS。まじか!!まさかご本人登場とは。最高かよ。

ライブでびっくりサプライズがあったときの興奮は、同じような経験をしたことのある人にならわかってもらえるんじゃないかな。

自分のツイートすら伏線になってしまう人生、ライフイズビューティフル*3

 

 

 

*1:しかも最前列のほぼ真ん中だった。ヤバい。

*2:こちらはにしなというミュージシャンとのコラボ楽曲で、すごくかわいい曲なので聴いてみてほしい。にしなはお耳に合いましたらのエンディング、「東京マーブル」も大好き。

*3:錦鯉M-1おめでとうございます。