フープフラフープ

はらの趣味です

約束はエンドロールのあとで

 

クリスマスイブをひとりで過ごすより、大晦日をひとりで過ごす方が寂しく感じるのはどうしてだろう。

 

一年の節目を決めたのはわたしたち人間で、それは世界の理でもなんでもないのに、なぜか大晦日だけはすごく特別な一日のように感じる。

多くの人は、帰省して家族と過ごしたり仲の良い友人と炬燵を囲んだりして年を越すのだろう。その特別な一日を、今年はなんでもないいつもの暇な休日のようにひとりで過ごす。

テレビをつけているわけでもないのに否が応でも襲ってくる年末の空気感にあてられて、今まで薄らとしか感じていなかった寂しさたちが影を濃くする。

 

今年は生活が大きく変わった一年だった。

なにかを好きでいることに少し自信を持てるようになり、それを人と共有する楽しさを知ることができた。楽しいものをたくさん教えてもらって、好きなものがたくさん増えた。自分を少しだけ好きになれて、人間らしい生活もできるようになった。そのきっかけとなったふたりと、たくさん一緒の時間を過ごした。結局その片方と付き合って別れたので、いまはもう片方としか付き合いはないのだけど。

 

付き合った人は映画が大好きだったので、よく三人で映画を観ながら鍋をつついたりしたし、ふたりで仕事の後に映画を観に行ったりもした。その人と別れてからはその人がいた場所を埋めようとするようにめちゃくちゃ映画を観た。もともと月に一回程度の一人はしご映画が趣味だったけど、毎週のように映画館に足を運ぶようになった*1。結果的に、今年は映画を一生で一番多く観た年になった。

 

映画館で映画を観ることは、わたしにとっては家で映画を観るのとは全く違う行為だ。

映画を家で観てしまうと集中力が続かない。現に今だってスパイダーマン2を意味もなく一時停止してこのブログを書いている。こんなふうに途切れ途切れに観た映画と映画館で集中して観た映画では、沸き立つ感情も全く違ってしまう。だからFilmarksでは映画館で観た映画にしか点数をつけないことにしている。

映画館に行けば映画とわたし、一対一の世界がある。映画が始まる直前、スクリーンが横に伸びる時間は、現実の世界から境界を越えて映画の世界へ切り替わっていくような感覚になるから好きだ。

そんな中で、観客の笑い声が漏れる映画が好きだ。わたしだけのものだった一対一の映画の世界で、唯一他人を感じることのできる瞬間だからだ。結局わたしは寂しがり屋で、自分と同じ気持ちの誰かが同じ空間に存在していることに安心してしまうのだ。

エンドロールは現実へと戻る準備をする時間だ。満員の映画館だと特に、ぽつりぽつりと劇場を後にする人たちがいて、その光景がだんだんとわたしを現実に近づけていく。映画の内容を思い返し、映画に関わったたくさんの人たちの名前を眺め、少しずつ映画の世界が終わっていくあの時間が嫌いではない。

 

そうこうしているうちに、紅白も終わりゆく年くる年が始まった。今年の楽しかったたくさんの思い出といっしょに、来年も好きなものをちゃんと好きでいられる一年にしたい。

 

一緒にご飯を食べてくれたひと、一緒に映画を観てくれたひと、好きなものの話をしてくれたひと、楽しいことや大切なことを教えてくれたひと、友達や元恋人に、とっても感謝しています。ありがとうね。

 

来年もよろしくお願いします。

 

 

*1:数えてみたら上半期15本、下半期45本だった。増えすぎ。