フープフラフープ

はらの趣味です

あの113号室を

 

人生で三度目の引っ越しをした。

職場の人事異動による不服な引っ越しなので、住む場所も住む家も全然好きじゃない。こんなにワクワクしない引っ越しは初めてだ。

前の家が結構気に入っていたから、好きなひとと別れさせられて勝手に決められた気に入らない許婚と結婚させられてるような気分になる。

部屋はかなり広くなったけど、田舎なので家賃は前の家より断然安い。こうやって一人暮らしなのに無駄に広い部屋に住むと、物を取りに行くのに動き回らなきゃいけなくてよくない。築年数もかなりのもので、住み始めた初日の今日既にまあまあな数の不便を見つけている。今のところ新居にはなんの愛着もないので、わたしはまだその不便を愛することができない。部屋の悪口なら延々と言えるのに。

 

部屋は写真の次に思い出が染み付いているものだと思う。

高校まで住んでいた実家の部屋も、大学で初めて一人暮らしをした部屋も、社会人になってから昨日まで住んでいた部屋も、どれももう鮮明には思い出せないけれど、そこにはわたしがいたし、わたしの大切なひとたちがいた。その部屋にいるからこそふとした瞬間に思い出せたものがあった。

例え荷物を全て段ボールに詰めて持ってきても、あの部屋の真ん中で座り心地の悪い座椅子に座って低いちゃぶ台で食べた料理のことは、きっとしばらくしたら全く思い出さなくなってしまう。

そうやって、これから消えていってしまうものたちのことを考えて、少し泣いている。

 

こんなにも感傷的になってしまったのは、「A子さんの恋人」という漫画を読んだからだと思う。

この漫画では、引っ越しというものが物語と登場人物たちの気持ちに大きな影響を与える。思い出が消えてしまうのが嫌で引っ越さない登場人物や、友達の引っ越しを寂しく思って駄々をこねる描写も出てきて、変に共感してしまった。特定の登場人物が、というわけではなく、いろいろな場所、いろいろな登場人物の中に少しずつわたしがいた。

漫画を全て読み終わったら一年前の自分の選択をちゃんと肯定してあげることができるようになっていた。今まで定期的に後悔しては理由をみつけて自分を納得させてきたけど、この漫画がちゃんと答えだったし、放り出されて宙に浮いていた元恋人への気持ちがストンと箱に仕舞われたかんじがした。引っ越して消えてしまう思い出も、それはそれで悪いことではないのだと、少し思うことができた。

今このタイミングでこの漫画に出会えて本当によかったと思う。

 

漫画のことを考えながら、知らない天井の下で、紐のついた蛍光灯を眺めている。

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前の家から持ってきたリモコンタイプの蛍光灯に変えても良かったけれど、この家の中でこの蛍光灯が唯一少しだけ好きになれそうな不便だったから、そのままにしておくことにした。

 

家と思い出に、さようなら。